目が悪いと

娘が居たら
母の気持ちが
わかるかと思った昔
娘が居るけど
娘の気持ちわからない

 

目が悪いと眼鏡    
歩けないとき杖
会えないときの
気をまぎらわす
道具なんてない

 

目が悪いと眼鏡
歩けないとき杖
会えないときは
スマホで話して
会いたいと言う

2021年1月12日 (火)

ろう石

むかし道路に    
ろう石で
夢の絵を
描いた
子どもがいた

 

すぐ傍ってどこ    
手の届く近さ
想いが伝わるところ
とにかく温もりを
感じるところにいたい

 

2021年1月11日 (月)

認めて欲しい

人は誰でもひとりぼっちじゃ生きられない
孤高の人を目指しても、だからといって人と関わらずには生きられない

それと同時に思った
人は誰でもみんな、認められたい、認めて欲しい
ここに居るよと認められたい

人は誰でもと言ったけど、人だけじゃない、生きている物はみんな他のものに認められたい

小さな花も虫にここに居るよと認められたい
ここに居てくれて良かったと思われたい
だから赤い花も青い花も白い花も咲かせるんだ

猫だって、ニャアと啼く、ここに居るからご飯を頂戴
ここに居るから撫でて欲しい、喉を鳴らすから笑顔で見て欲しい

啼いたらつかまってしまうかも知れない鳥だって、ピピピと啼く 仲間を求めるのか 連絡を取り合うのか 敵が居ても、人間に見られても啼いてしまう

母は無償の愛と言うけれど、それでも、子どもにも、その連れ合いにも、ジジババにも認めて欲しい
頑張っていること、笑顔で居ること、動き回ること、良かれと思って考えること
それが例えば裏目に出ても、ただバカにするのではなく、頑張ったことを認めて欲しい

いちいち、認めてとか、わかってとか、褒めてとか
そんなことは言わないけど、言わなくても理解して欲しい
どうして言わずに頑張っているのかを聞き出して欲しい

頑張る人は余計に自分でそういうことを表現したりしないから
泣いている人に優しい人は多く居る
泣かない人にも優しくしてくれることは少ない
泣けないほど辛い人のことに思いが行かず、だったら泣けばわかったのにと思う思い方

愛してると、毎日言えなんて思わない
でも、愛しているとわかるように接してくれたら、寂しい顔した子どもなんて居なくなる
影のある顔じゃなく、みんな笑顔で居られるように、笑顔の人が増えるように

どうせ何も出来ないんだろうという見方じゃなく、何が出来るのか、どこまでなら出来るのか
この前まで出来なかったこと、出来るようになったんだね、そう認めたら
そして出来るのは知っているけど、今はしてあげるよ、と言う思い
頑張ることを認めていてくれたら、もっと頑張れる、無理じゃなく頑張れる

どんな生きているものも、みんな生きていて良いんだと、ここに居て良いんだと、どこかで誰かに認めていて貰えたら

なんてこんな当たり前のこと思ってしまって・・・・・・・

人は40過ぎたら自分の顔に責任を持たなくちゃいけないと、リンカーンが言ったらしい
40にならなくても、小さな子どもでも、愛されて育つ子どもの顔は輝いている
40過ぎて、情けない顔の人を見ると・・・昔この人に合いたくないと思って通学したことがある
そんな一面だけで言っちゃいけないのにね・・・

テレビに出てくる人、国の代表には良い顔の人になって欲しい
ハンサムとか言うのじゃなく、人の良い顔の人で居て欲しい
テレビで見るたび、この人で大丈夫なのか?と思うような人はがっかりする
何だか人相の良くない人が集まっているような気がするのは気のせいか?私の好みの違いか?私そんな好みないんだけどなあ
それでも支持率が40%もあることが信じられない

五行歌誌 彩 1月号

花かご  巻頭16首

小さい犬と
散歩する
おじいさんの
顔が
ほどけていく

2021年1月10日 (日)

リンケンバンドを見た

昨日の土曜日は、家でゴロゴロ
毎度おなじみゴロゴロだ^^;

夜8時から、沖縄のリンケンバンドのライブがあるというので、待っていて、見た
大好きなカーツーさんがめちゃ楽しい^^
天女のような、上原知子さんの歌を聞いて、島太鼓の素晴らしいこと
900人以上の人が同じ時間に同じように観ていた、なんかすごい^^
ライブで見られるようにしてくれることありがたい^^

https://www.youtube.com/watch?v=n9y3_-nvTUo&t=1938s


今日は、午後2時半に美容院の予約
伸びてボサボサの髪を切ってもらった

スーパーに寄って帰って来て、それだけなのに、何だか1日どこかに行ったような感じで
ちょっと嬉しかった

もう早くみんなそれぞれの部屋に行ったので、私ものんびりテレビ観て
もうじき、布団に入っちゃう^^

あと1日お休み・・・何の予定もないけど・・・

2021年1月 8日 (金)

夫の母の言ったこと

夫の妹のおっこちゃんがまだ小さかったとき、まだ話が出来た5歳ぐらいの時
おばあちゃんがお出かけした後に言ったとか
「あ~おばあちゃんお出かけして良かったね」
おばあちゃんというのは、母の方のおばあちゃんで姑ではない
そのおばあちゃんが出掛けて孫がほっとしたという事

「私はね、あんたの子どもが、おばあちゃんがお出かけして良かったと言っても、嫁が言わせたとか思ったりしないよ、子どもは親の思いとは違うことも言うものだよ」
母がそう言った^^

狭い部屋で、子どものおむつを替えたとき
ウンチしてた、臭くてごめんね・・・と言ったら

「あんたねえ、赤ん坊がウンチが出ることは幸せなことなんだよ、赤ちゃんの中には肛門がない子だって居るんだから」

そのころ、肛門がない、鎖肛という赤ちゃんも生まれること母がどうして知っていたのかわからないけど、私が次男の患者会を通して知った多くの難病や障害のことを、母は知っていた

「おっこちゃんが寝たきりになったのは、家族の業を背負ってくれたんだ、自分じゃなくて、おっこちゃんだったことをわかって大事にしなくちゃいけないんだよ」

父が他の人に産ませた子どもを母が育てたとき姉と同級生だったのに、そのことでのいじめとかも無かったらしい、良い時代だったのか
その夫の兄が、中学3年で戸籍を見た時、僕のお母さんじゃないと、母に言ったとか

「バカだね~おまえは、今まで気がつかなかったのかい、ほかの兄妹は背が高いのにおまえはちんちくりんで、成績だって良くなくて、私の子どもじゃないに決まってるじゃないか」

そう言って、本当の母親の住所を渡して、泣きながら家を出ていった兄の後を兄弟であとを付けるようにと言ったらしい、その家に兄が入ったのを確認して兄姉たちは帰って来て

1泊して兄が家に戻ってきたとき
僕はこの家が良い、お母さんが良いと言ったとか

「そうかそうか、わかったんなら良かったよ、おまえはこの家の子なんだからずっとここに居れば良いんだ、私がお母さんで良かっただろ」

貧乏で、結局家を持つこともなく、借家のまま、苦労して育てた子どもも結婚すれば家に来ることも少なくなって
がらっぱちの母の人生が、面白いこともあっただろうけれど、辛いことも多かった
こんな人生という事、どこかで私の心の中に残っている

今の私のことを見たら、母は怒るかもしれないけれど、一番下の息子のマザコンと夫婦としてのあり方を学ぶ機会が無かったこと、両親の所為でもあるとわかるかどうか・・・

2021年1月 7日 (木)

夫の母のこと

今日はもう七草・・・早いね~
1月は、夫の母の誕生月、1993年に亡くなったのだからもう28年前か
母は霊感師で、それは、生まれ持ったもので勉強してなったとか言う占い師とは違うわけで
そういうことを信じない人にはどうにも説明できない^^;
私の両親はそういうことを理解する人じゃなかった^^;

夫が結婚したいと母に言った時、私の生年月日と名前を観て
この子なら、あんた(夫)とは相性が良くないけど、私(夫の母)と相性が良いから、結婚しても良いよと言ったとか
その前に好きになった人とは反対されて、それでもと思ったけれど壊れたと聞いている

結婚して母の家に手伝いに行くようになったとき
お客様が3人で見えたけれど、○○子、お客様は3人だけれどお茶は4つお入れして、喉が渇いたお化けがついてきてるから・・・と言うので、素直な私、ちゃんとお茶を4つお出しした
ああ、美味しいって今飲んでるよ・・・と母が言う
その時点でお客様はビックリだと思うけど

紹介してくれる人が居ないと観なかったけど、初めてのお客様の家に行くとき、前の日に電話して
あなたねえ、明日私あなたのお宅へ伺うけれど、庭につないでいる犬は、ちょっと他につないでおいて頂戴、私は犬はダメなのよ、私は狐憑きだからね・・・と言ったので、犬が居るなんて言っていないのに、見えてる母にもうその時点でお客様、信じてしまう^^

もうずっと長いお付き合いのお客様、泣きながら電話をしてきて、娘が家出をしたんですが、どこに行ったか観て下さい・・・ちょっと待ってねと、母はお稲荷さんを奉っている神棚でなにやら拝んで、あんた伊豆の方に心当たりない?・・・え~と娘の友だちが居ます・・・ああ、そこだわ、それじゃすぐに迎えに行くように、今私が足止めしておくから・・・足止めというのは、探しに行くまでの間に動いて他に行かないように、拝んでおくこと^^
無事に見つかりましたと、後でお礼を持ってこられるという、そういうことを仕事にしていて
信じない人は信じないけど

受験の時期は、受験番号がわかると、それを持って先生合格できるでしょうか・・・って
神様のお砂というのが有って、若い子どもさんが、そのお砂を試験会場の机の上に撒いてそれから集めて取るのだとか、残っていると試験の用紙に穴が空いたら困るから
母は大学の傾向とかも良くわかっていてそれなりに勉強もしていたようだけれど

用事があって出掛けたとき新宿駅で辻占さんが居るのを観ていて、つかつかと行って、母の名刺を出して、私はこういうものだけど、あなたのお家が今火事だから、ここに居るどころじゃない早くお帰りなさいと言ったら、その辻占さんは、荷物をまとめて帰られたとか・・・

小さいとき、目の前を歩く人を見て、あの人死んじゃうとか言ったりしたので、母のお母さんは、めったなことを言うんじゃないよと叱ったとか

子どもの時からそういうことがあったけど二十歳になったとき、全くうるさいねえ・・・とお財布を持って、頭の中でごちゃごちゃ言うその言うとおりに出掛けたら
東京の巣鴨に居た母、たどり着いた先は京都の伏見稲荷だったと

伏見稲荷は、小さなお社がいっぱい有るところで、その中ほど、中程でも行くのは中々大変だったけど
そこに着いたとき
おぉ、やっと来たな!と神様が言ったという
この霊感は、人の為に使わなくてはいけない、自分の私利私欲のために使ったら気がふれるからと
それから、母の身体を通してお客様の身体の痛いところにお灸(温灸)をすると言うことで、身体が楽になるからと、それも神様に言われたのだと

大きなお茶屋のお嬢さん育ちだった母が夫の父(お客で来ていた)にたぶん襲われて^^;
妊娠したことで
母のお母さんはこの子が出来なければと、何回も言っていたとか
母は結婚が決まっていて、タンスとお琴ともう嫁ぎ先に送っていたという事だった

夫の父は白紙委任状に判を押して財産をなくして、母はずいぶんお金の苦労をしたと聞いた
父はお金がないときは他所の女の人のところに行って、女遊びばかりしていたらしい

母はと言えば、貧乏が面白いと色々な工夫をして貧乏生活を楽しんでいたとか
母のことを密着でテレビが1日付いて歩いたとき、その後で来たのは税務署だったとか
元手の掛からない商売の税金取るつもりで来たけれど
子ども達と内職をしていて、税務署の人に、あんたもそんなとこにいないでこの内職手伝いなさいよと言ったら、しばらくして帰っていったと言っていた

がらっぱちな母だったけれど苦労の多かった人生だった

2021年1月 6日 (水)

猫のコン

茶トラのコンの
尻尾は長くて
綺麗なグラデーション
兄ちゃんに踏まれて
ギャオンと泣いた

ごめんごめんと
頭を撫でれば
ゴロゴロ喉をならす
尻尾踏まれる痛さ
わからなくてごめん

ススキの茎の凧

昨日次男を迎えに行った車の中で
畑が広がるところ
ここで凧揚げしたら高く上がるね、と次男が言う
公園であげていたら、ここでは凧揚げ禁止と言われて、もうその後凧揚げなんかしていない

家が少なくて、まだ電線も少なかった頃、父が東京から来て
家で凧を作ることになった
長男だったか、学校から竹ひごと紙のセットを持ってきたんじゃ無かったかなあ、もう忘れてるけど

父がこんなのじゃ上がらないと言って家の周りに生えている
ススキの枯れた茎を取ってきた
十文字にヒモで縛って三角というか何と言うか良くある凧の形を作って
それがよく上がって^^
年寄りの知恵だねって笑った

風の向きを見て、凧を持って走る、走りダコじゃ上がらないんだと言って、ふわっと揚がった凧は、持っているヒモの長さよりよく上がった

物が無い時代の遊び方は昔の人には心の中の抽斗にいっぱい詰まっていたのかも知れない
自分の趣味だけで、産まれた子どもが女の子ばかりだったことを良いことに、子どもと遊ぶような父じゃ無かった
男の孫が生まれたからと言う事か、それでも、そんなふうに遊んだのは、その凧揚1回きりだった

今どきになると、その凧のことを思い出す

2021年1月 5日 (火)

姉自慢

長姉は3月生まれの、ユニークな人だったけれど
人間に生まれたくなかったと言う人だったけれど
人間の中身はとても良い人だったと思う

頑固だし、こうと決めたら曲げない強さがあって、手厳しいところもあったけれど
きっと母親になっていたら、どんなにか良い母になっていただろうにと思う
実家の人間関係の醜さを、誰より感じていて、こんな血族を残したくないと言ってしまうような人だったけど

いつも人に気を遣って、何だかおどおどしているように見えて、だから、人にバカにされるようなこともあったと思う
良く行く獣医さんにさえ、小馬鹿にされているんじゃないかと、話を聞きながら思った
控えめに、丁寧に、申し訳なさそうに生きている人だった

自分の服は、何十年も同じ服を着ているような人で、流行の物には手を出さない
みすぼらしい格好と思ってバカにされたりしたのかも知れない
私が死んだら、○○ちゃんにかたづけて貰うのは申し訳ないから、今からどんどん物を捨てていくのだと、父の亡くなった後に、何もかも捨てるようになった

3.11の地震の後は、こんなテレビが倒れて猫が下敷きになったら困るからと、テレビも捨てた
猫6匹の面倒みていたらテレビなんか見る暇はないからと
昔は沢山のレコードだったけれど、CDになっても1日、音楽を聞いていた
クラッシックばかり
30代ぐらいの時には合唱団に入っていて、フルートの個人レッスンを受けていたりしたけれど
この姉に、初めてバレエを見に連れて行って貰った、白鳥の湖

私が中学の時、マンガの見過ぎのような近視になって、初めて眼鏡を作りに行ってくれたのも姉だった
最初の子どもの中絶の時も、5ヶ月だったので1泊入院で、個人の産院だったけれど、1泊付き添ってくれた、でも、一言も話をせずに悲しい顔をして傍に居たことが却って辛くて・・・

母も父も大嫌いな姉だったけれど、母が長生きしてくれたから、母のことを嫌いなまま死なれなくて良かったと、母の哀しみを理解したようだった
母が亡くなった後の4年間だったか、姉が同居のまま当然のように父との二人暮らしになったけれど
父はボケるでもなく、寝ているというのでもなく、だから、介護という事もなくたいしたことは無いと思っていた私に

家に居るときにはずっとテレビが付いていて、好きなのは戦争映画とチャンバラで
戦争映画なんて、自分は衛生兵で、戦地に居たわけじゃないから本当の苦しみがわからないのだと、だから戦争の映画なんて観ていられるのだと言っていた
チャンバラは、大音量で聞いているから聞きたくなくても、ドスッ、バシャッ、と骨を切るような音が聞こえて、チャンバラにつきもののように女の人が襲われるシーンが聞こえてきて
そんなのを聞いていなくちゃいけない気持ちがあんたには解らないでしょって言われて、はじめて知った

毎日3食かならず家で食べる、出掛けていっても昼には家に戻って、また午後出掛ける、何で外で食べてきてくれないんだろうと思う
3食必ず用意するというのを聞いて、私だって外食もあるのにと思ったら、それも大変だとわかった
父は父で、姉にみて貰うより、次姉と居たいと思っていたようで、姉に感謝の言葉も無い
別にボケていなくても、寝たきりでなくても、イヤな人と一緒に居た時間は大変だっただろうとあらためて思った

7年、一人暮らしをして、最後には、孤独死となった、亡くなってから1週間ぐらいで私が姉の家に行くということになったけれど
早く気がついて病院に行くなんて事になっていたら姉の気持ちとは違うところだったのだろうから
天晴れな逝き方だったと思っている

自分の年を考えたら若い猫は引き取れないと、病院に通わなくちゃならない、年寄り猫ばかり引き受けて、4匹を見送ったけれどその度に泣きながら電話が来て
猫を入れた段ボールにきれいな紙を貼って、庭の花を摘めて送りだしたのに、自分には花さえ要らないと・・・

タクシーで獣医さんの所に行くとき、近所の人が猫をタクシーで病院に連れて行ってると言われているのがイヤだと言って、迎えに来て貰うときには仕方が無かったけど、帰りは少し手前で降りて重い猫のキャリーバックを持って歩いたと言っていた
普段自分の用でタクシーになんて乗らないし、足腰のためと階段を歩いていた、私がエスカレーターなのに

猫のトイレが大変そうだから、テレビで人間のトイレに入って流す猫がいると話題にしたら、何言ってるの、猫のトイレで病気とか健康とかわかるのにって叱られた

今あるお金で何年暮らさないといけないのかと、欲しいものも、食べたいものも、質素倹約していた姉が、亡くなった後、私の家に郵便物が転送されて
まあ、その見事なお金の使い方
9条連。市民意見広告運動市民の意見30の会・東京。アムネスティ・インターナショナル日本。日本ツキノワグマ研究所。劇団前進座。アホウドリのなんとか。ペシャワール会。コアジサシのなんとか。日本野鳥の会へのこれは単発と思う寄付。

自分は食べないのに、農薬をなるべく使わないとか、ワックスを使わないとか言うミカン。リンゴ。
これはみんな良く洗って、庭の木にさして野鳥に食べさせるもの、ヒヨドリとかメジロとか。

小松菜のタネが欲しいというので持って行くと、庭の隅に巻いて、小松菜には青虫が着く、その青虫を小鳥が食べるようにと、それでも大きくなった小松菜は食べることも出来たと

ミカンでも柚子でも何でも良いから買ってきてと言うのでミカンの鉢植えを持って行くと、ミカンの木にはアゲハチョウが着くから、そのアゲハチョウの幼虫を鳥が食べるようにと、葉っぱが1枚もなくなって枯れちゃったかしら、と言うので折ってみたら青いから、大丈夫また葉は出てくると・・・

洗剤は使わないから、固形石鹸を洗濯機に入れたり、シャンプーも使わずに石鹸で洗いリンス代わりにポン酢を使って、歯磨き粉は、石鹸歯磨き、今残っていた石鹸歯磨きを使っている私、泡が出なくてスッキリ

鳥が好きになってから(オナガを飼ってから、チャボを飼って)鶏肉は食べられない、毛皮製品、羽毛製品は買わないように
ペットショップでポメラニアンを飼った次姉が嫌いで、野良猫が子どもを生んだからと引き取った我が家は良い人という評価で

宅配便で物を買うようになったから配達の人が来る日は2度手間にならないようにじっと来るのを待って、時間指定したら、迷惑だといけないからと言い、冷蔵庫にいつもアーモンドチョコを用意しておいて渡すという

こんなこと並べて何なのさって事かも知れないけど
そういう長姉が私の姉でした、姉のこと知ってる人なんて居ないから、次姉だって知らないと思うから
私だけは憶えているように、私が死ぬまでの間だけれど^^

«コンと寝た

フォト
無料ブログはココログ